森 まさこ
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30秒でわかる!森まさこ

森まさこのプロフィールを8枚のスライドでご紹介。
連帯保証人になった親の借金から救ってくれた弁護士に憧れ、自身も東北大学へ進学し弁護士に。その後、留学の経験などを経て政治の道を志し、2007年、二人の子育てママ大臣にとなる。

基本情報

誕生日1964年8月22日
血液型O型
趣味マラソン、ヨガ
尊敬する人物伊東正義
好きな言葉最後まであきらめない
長所面倒見がよい
短所断るのが下手

幼少期

私が12歳の時、父は財産を失い私たちの家族は借金を抱えました。
両親は早朝から深夜まで働くも到底返せる金額ではなく、取り立てに怯える生活が始まりました。家から出ることさえも怖くなり、学校も休みがちになりました。そんなときに、私たちの前に2人のヒーローが現れました。1人目は担任の先生です。学校に来ない私を気遣って、何度も家に足を運び、勇気づける言葉をかけ続けてくださいました。もう1人が弁護士の先生です。私たちの窮状を人づてに知り、無償で業者との間に立ってくださったおかげで、取り立てが来ることはなくなりました。私はこのときに思いました。

「今度は私が困っている人を助けたい。絶対に弁護士になる!」

学生時代

取り立てが終わったとはいえ、私の家庭状況では高校に進学することは難しく、弁護士になる夢を諦めかけていました。
そのときに、再び救いの手を差し伸べてくれたのは担任の先生でした。私の経済状況や成績によって、入学費や授業料が免除になり、奨学金をもらえることを教えてくれました。そして私は空いている時間を見つけては猛勉強し、高校に進学しました。高校時代は本当はやりたかったテニスを諦め、家庭教師などのアルバイトを掛け持ちながら3年間を過ごしました。
3年生になったとき、今後の進路について改めて考えましたが、どん底の自分たちを救ってくれたヒーロー(弁護士)になりたいという気持ちは変わらず、学校の先生の反対を押し切って東北大学法学部を受験することを決めました。大学時代も毎日アルバイトをするような生活をしていました。
また、司法試験のために予備校で働かせていただきながら、勉強を続け、5回目の挑戦で司法試験に合格し、弁護士になるという夢を叶えることができました。

弁護士時代

弁護士が扱う分野はたくさんありますが、私は迷うことなく消費者弁護を選びました。
消費者弁護は貧しい人を助けるので弁護士費用を十分にもらえず、圧倒的に数が足りていませんでした。それでも被害に遭って困っている人たちを他人事とは思えませんでした。経験を重ねていくうちに消費者弁護士の狭い世界では名前が知られるようになりました。
そして、弁護士3年目の頃、日弁連が作った留学制度に推薦をうけ、アメリカへ子連れ留学しました。娘はまだ生後2ヶ月でした。そして日本にはまだなかった被害者救済のための制度を目の当たりにして、帰国したら日本に「消費者保護」という、明確な理念を持った官庁を作りたいという野望を抱いて帰国しました。その後は、引き続き弁護士として奔走し、2人目の子供も生まれました。そして夫の海外赴任で2度目の渡米をしたときは、私は弁護士業務を一時停止し、専業主婦になりました。

金融庁時代

私は、家族でアメリカにいた2年間にこれから自分がなにをすべきかずっと考えていました。
弱い立場の人たちを保護したいことはもちろん変わらない。しかし、弁護士として個々の事件を解決するだけでは、あとからあとから同じような被害が起こる。もっと根底から覆して、犯罪者がのさばるような社会を変えられないか。その答えが法律を作る側に立ってみる、ということでした。私は金融庁に行って、金融被害の防止に関する法整備の仕事をやってみたいと思うようになりました。
金融庁に任官してからは、貸金業規制法関連の法整備を担当することになりました。それは、私たち一家が苦しめられたグレーゾーン金利の温存の問題でした。入庁後、私は様々な壁にぶつかりながらも、法改正のために奔走しました。法改正のための懇親会を通常平均5~6回のところを、19回ほど行ったり、海外調査に一人で行ったりと、努力を重ねました。そして、その努力は報われ、貸金業規制法を抜本改正する法案は「貸金業法」という名に変わり、衆参両院の本会議で、全会一致で可決されました。
私はこの時、長い間抱えていた宿題をやっと果たしたような気がしました。

経歴(年号)

1964年8月22日
福島県いわき市生まれ
いわき市立植田小学校、いわき市立植田中学校、福島県立磐城女子高等高校(現福島県立磐城桜が丘高等学校)

1988年
東北大学法学部卒業

1995年
弁護士登録・結婚

1998年
第一子出産

1999年
米国ニューヨーク大学法科大学院 客員研究員

2002年
第二子出産

2005年
金融庁 総務企画局 課長補佐(貸金業法)

2006年
金融庁 検査局 金融証券検査官(証券・金融)

2007年
第21回参議院議員選挙にて初当選

2009年
自民党 法務部会長

2010年
自民党 副幹事長

2011年
東日本大震災復興特別委員会理事

2012年
参議院 行政監視委員長
第二次安倍内閣で国務大臣に就任(女性活力・子育て支援、消費者・食品安全、交通安全など)

2013年
第23回参議院議員選挙にて当選(2期目)

2014年
参議院 東日本大震災復興及び原子力問題特別委員、財政金融委員、国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会理事
自民党 消費者問題調査会顧問、女性活躍推進本部PT座長

2015年
自民党 環境部会長
参議院 東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会理事

2016年
参議院 環境委員長、東日本大震災復興特別委員会
自民党 治安・テロ対策調査会会長

2017年~
環境委員会理事、東日本大震災復興特別委員会、
資源エネルギーに関する調査会、自民党 環境・温暖化対策調査会副会長、
女性活躍推進本部長、組織運動本部副本部長、虐待等に関する特命委員会副委員長

2018年~
参議院 環境委員会理事、東日本大震災復興加速化本部副本部長、自民党 総務

2019年~
法務大臣
参議院 財政金融委員会 理事、東日本大震災復興特別委員会、行政監視委員会
自民党 女性活躍推進本部長、デジタル社会推進特別委員会 副委員長、総務会総務